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東京高等裁判所 昭和38年(う)2636号 判決 1964年6月08日

控訴人 被告人 茂津目省三

弁護人 大石隆久

検察官 伊藤嘉孝 冨田康次

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一八〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大石隆久の提出にかかる控訴趣意書(控訴趣意書訂正書を含む。)に記載されているとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は事実の取調を行つたうえ、次のとおり判断する。

同第二点について。

所論は、原判決は、被告人の原判示第三および同第四の各所為をいずれも窃盗罪に問擬しているが、被告人の右各所為は、殺害後三時間ないし八六時間を経過した後に、死体の存在しない居宅から持ち出しているからもはや塚本久代の占有にあつたものとは認めることができない。しかも、被告人が原判示第三および同第四の各財物を持ち出す際には、他にそれらを所持する者のなかつたことも明らかであるから、占有離脱物横領罪に該当すると思料されるので、原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があるという旨の主張にほかならない。

しかし、窃盗罪は、不法領得の意思をもつて、他人の事実上の所持を侵し、他人所有の財物を自己の所持に移すことによつて成立するものである。原判決の認定したところによれば、被告人は、昭和三七年一二月初旬より浜松市住吉町四三一番地所在の家屋(原判決挙示の検証調書によると、間口は、九メートル二〇センチ、奥行は、五メートル六〇センチのトタン葺平屋二戸建一棟の東側である。)を借りて、その情婦塚本久代と同棲をしているうち、昭和三八年三月三〇日午後六時過頃、前同所において、同女の背後から同女の頸部に寝巻の紐をかけて絞めつけ、窒息死に至らしめて殺害し(原判示第一の事実)、次いで同日午後八時過頃、同女の死体を普通乗用自動車に積載して、同所から静岡県浜名郡庄内村村櫛臨海A区地先まで運び、右死体を海岸に投げ棄てて、これを遺棄し(原判示第二の事実)同日午後九時過頃、再び同棲先に戻り、同女所有のケース入り真珠金台指輪一個を窃取し(原判示第三の事実)、同年四月三日午前八時過頃、右同所において、同女所有の腕時計一個、ネツクレス一個、シリコンクロス一枚および現金二〇〇円を窃取し(原判示第四の事実)たというのであつて、これらの事実は、原判決が掲げている各証拠により十分肯認することができる。また、原判決挙示の各証拠、とくに、司法警察員作成の検証調書、被告人の司法警察員に対する昭和三八年四月一二日付、同月一六日付各供述調書および当審の検証調書、当審証人鈴木虎夫、同鈴木きみ子に対する各尋問調書によれば、被告人が借り受けたとされている前記家屋には、被告人とその情婦塚本久代が居住していただけであり、右家屋の玄関硝子戸には、外側から開閉することのできる捻締錠が設けられており、その鍵は二つあつて、被告人と右久代が一つづつを保管していたことが認められる。

そして、人の財物に対する所持の保護は、もとよりその人の死亡により原則的には、これを終結すべきものであるけれどもその生存から死亡への推移する過程を単純に外形的にのみ観察し、あらゆる特殊的な事情に眼を覆つて、これを一律に決定するようなことは、法律評価上これを慎まなければならない。本件において、被告人は、塚本久代を殺害し、みずから久代の死を客観的に惹起したのみならず、さらに、その事実を主観的に認識していたのであるから、刑法第二五四条の占有離脱物横領罪とは、その法律上の評価を異にし、かつ、被告人の奪取した本件財物は、右久代が生前起居していた前記家屋の部屋に、同女の占有をあらわす状態のままにおかれていて、被告人以外の者が外部的にみて、一般的に同女の占有にあるものとみられる状況の下にあつたのであるから、社会通念にてらし、被害者たる久代が生前所持した財物は、その死亡後と奪取との間に四日の時間的経過があるにしてもなお、継続して所持しているものと解し、これを保護することが、法の目的にかなうものといわなければならない。けだし、被害者から、その財物の占有を離脱させた自己の行為の結果を利用し、該財物を奪取した一連の被告人の行為は、他人たる被害者の死亡という外部的事実によつて区別されることなく、客観的にも主観的にも利用意図の媒介により前後不可分の一体をなしているとみるのが相当であるから、かかる行為全体の刑法上の効果を綜合的に評価し、もつて、被害者の所持を、その死亡後と奪取との間に四日の時間的経過があるにしても、なお、継続的に保護することが、本件犯罪の特殊な具体的実情に適合し、ひいては、社会通念に合致するものというべきである。したがつて、被告人の原判示第三および第四の各所為は、いずれも被害者久代の所持する財物を奪取したものとして、窃盗罪を構成するものというべきであつて、原判決には、所論のような違法はないから論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 小林健治 判事 遠藤吉彦 判事 吉川由己夫)

弁護人大石隆久の控訴趣意第二点

第二点法令の適用の誤り。

原判決、罪となるべき事実の第三、第四の事実につき、窃盗罪を適用していることは、法令の解釈適用を誤つた違法がある。原判決が右につき窃盗罪を適用していることは、いわゆる死者の占有の法理を適用したものである。この点につき自己の責任において人を死亡させた者が、死亡直後、死者の占有した財物を奪取した行為が窃盗罪に当ることは判例の示すところである。そして人の死亡により原則としてその者の占有を離脱するものであるが、刑法上財物に対する占有の有無を論ずるに当つては、ただ右の一事のみを捉えて画一的に決定することは適当でなく、その際における具体的事情例えば、財物奪取者の被害者の死亡に対する責任の有無、財物奪取と死亡との時間的接着並びに機会の同一性の有無の諸点を考慮した上、財物の占有を保護する刑法の理念に鑑み、又道徳的にも、なお死者において財物を占有しているものとの評価を与えることが相当である場合の存在することについては異論はない。しかし、これには当然一定の限度が存在すると考えられる。たとえ財物奪取者が被害者の死亡に対し責任を有する場合であつても、死亡後すでに相当の時間を経過し、または死亡と全く別個の機会に財物を奪取したようなときには、最早死者の占有を犯したとはいい得ないのではなかろうか。

この点本件についてみるに被告人が塚本久代を殺害したのは、昭和三八年三月三〇日午後六時過頃であるが、殺害後外出して勤め先の相互ドライブクラブに赴き、乗用車を借りて帰宅し、同日午後七時十五分頃死体を運び出して乗用車に乗せ、同日午後八時過頃静岡県浜名郡庄内村村櫛臨海A区地先に死体を遺棄して、又帰宅しているが、第三の事実はその帰宅した午後九時過頃の事件であり、第四の事実は同年四月三日午前八時過頃の事実である。このように第三の事実は、殺害後三時間を経過しており、その間に死体遺棄という行為が介在し、殊に第四の事実においては殺害後、四日(正確には八十六時間)を経過しており、いずれも死体の存在しない居室から持出しているのである。従つて被告人が久代を死に至らせた本人であるとしても、すでに第三の事実は三時間、第四の事実にいたつては八十六時間も経過した後では死亡後「直ちに」とはいえず又殺害とは全く別の機会に持ち去つているのであるから、もはや死亡した久代の占有を認めることはできないと考える。しかも被告人が右財物を持ち出す際には他にそれを所持する者がなかつたことも明らかであるから、右第三、第四を窃盗ということは占有離脱物横領罪に該当すると思料するのである。然るに原判決が窃盗罪を適用したことは法令の解釈適用を誤つたものであり、訴因の変更なき以上、原判決は破棄され、改めて無罪の言渡しあるべきものと信ずる。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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